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Kogure shake takehiko

Profile

1960.3.8
東京都杉並区に生まれる。
13歳でフォークギターを弾き始める。
15歳の時友人がエレキギターを弾くのに衝撃を受け、以後ROCKに夢中になる。
1976
初めてロックコンサートをやる。演奏曲はビートルズ、ディープパープルなどのコピー。以後、自主コンサートなどをやりながら10代を過ごす。
1980
20歳。プロのミュージシャンになると決め、家を出て曲を作り始める。
1981
初めての渡米。ロサンゼルスで2ヶ月間、黒人のバンドに参加する。
1984
レベッカでプロデビュー。
1986
レッドウォーリアーズで2度目のデビュー。
以降、海外レコーディング、武道館、西武球場などの公演を行う。
1988
広島ピースコンサートテーマソング『君を守りたい』作曲で日本レコード大賞特別賞受賞。
1989
ロサンゼルスに移住し、Casino Driveを結成、5年間の音楽活動。
1995
帰国。サイコデリシャス名義でソロ活動を始め、再結成したレッドウォーリアーズも平行して活動。
2003
長男誕生を機に富士山麓に移住。 以降自然をテーマにしたソロ活動と平行して、より自由な音の表現を求めたバンド、Mtデリシャスを結成、2011年まで活動。以後、自然をテーマにしたアコースティックの活動に入る。
2011
初のアコースティックインストアルバム、「水と光の魔法」を発表。
2011年4月より山梨日日新聞にて子育てコラム「富士山と太陽の下で」連載開始。
(2013年3月終了)
2012
オリジナルの活動の他に、Pink Floydトリビュートバンド「PINK FLOYD TRIPS(現・原始神母)」でのライブも行う。
2016
「浮遊」で4枚のアコースティック・インストの活動に区切りをつけ、新たなバックアップバンド、Big Mountain Blue(Key.三国義貴、B.山崎洋、Dr.&Per.丹菊正和、Cho.ラヴリー・レイナ、Violin.とエレクトリック、アコースティックを併用した久々のロックアルバム「惑星にて」を発表。
2017
原始神母でフジロックフェスティバル出演。
2019
Red Warriors、1989年発表のアルバム「Swinging’ Daze」30周年を記念、リニューアルした、トリビュートツアー、ライヴアルバムを発表。並行して、Big Mountain Blueと共に通算26枚目のオリジナルアルバム「楽園の向こう側」を発表。

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【Info】VIVA! LOVERY REINA 〜ラヴリー・レイナ追悼ライブ〜

VIVA! LOVERY REINA 〜ラヴリー・レイナ 追悼ライブ〜

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ライブスケジュール

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12月03日(土)
【DSアコースティックVer.】浦和ロックシティ in HEAVEN’SROCK

12/10(土)
【DS】名古屋・ell FITS ALL
12/11(日)
【DS】神戸・THE LIVE HOUSE CHICKEN GEORGE
12/15(木)
【DS】『LOFT50』新宿・LOFT
12/17(土)
【DS】福岡・Livehouse & Club PEACE
12/18(日)
【DS】Rock’n’ Roll Begins Vol.2
12/21(水)
【DSアコースティックVer.】SETAGAYA Music Festival
12/29(木)
【原始神母】味園・ユニバース
12/30(金)
【原始神母】六本木・EX THEATER

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ディスコグラフィー

discography

木暮

木暮

20120年10月25日発売 \3,000円(tax in)

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ピンクフロイドとワールドカップ、レイナ追悼の日々

長野、名古屋、神戸、どの会場も今回のスペシャルであり、サントラ盤「雲の影」を聴きにたくさんのお客さんが集まってくれて、喜び、そしてレイナ追悼の時間を盛大に共有してくれた。

原始神母のバンド名のもとにもなっている、最重要な曲である、Atom heart mother〜原子心母。
フロイドトリビュートを始めた大きな要因の一つにこの曲をライヴで演奏したかったからというのがある。

もう20年以上前、レイナを知って初めて家に呼んで、こういうことがやりたいと聞かせたのがAtom heart motherだった。
それが数年後、Mtデリシャスになり、やがて原始神母になってAtom heart motherを毎年演奏するようになった。

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