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弘田三枝子

2020-08-02

 
レベッカでデビューした頃、よく弘田三枝子を彷彿させるとか雑誌に書いてあった。
シンコーミュージックの社長が洋楽の訳詞を書いていたので、弘田三枝子の訳詞もしていたんだと思う。

俺でさえ世代的にヴァケイションの頃は知らないので、ピンとこなかったし、的外れなキャッチコピーだったと思う。
山本寛斎がボウイの衣装を作ってたのも後から知ったが、「人形の家」は完全にリアルタイムだった。
小学校3〜4年の頃。

タイガースやフォーククルセダースなどやんちゃな音楽を除けば、子供の頃好きだった曲のベストの1曲だった。
あとは「夜明けのスキャット」、「別れの朝」とか。

どれも美しく崩壊に向かっていく感じの曲だ。

テレビで弘田三枝子が「人形の家」を歌い始めると、いつもただならぬ雰囲気になっていた。怪人20面相に出てくるような、暗い洋館の中でシクシク泣いているイメージが浮かんで、映画を見ているような感じだった。
歌は当然だが、まずはやっぱりタイトルが印象的なのと作曲がすごい。
日本の普通の曲とは違う、ドラマチックなマイナーのセンス。

当時は子供で、当然自分のことを歌っていると思っていたので、なんでこんなに綺麗な人が嫌われて、捨てられるのか、そこは不思議な気がしていた。
嫌われる理由も歌詞にはなく、なぜなのかわからない。
これに関してはその後もたまに思い出して、映画か何か小説に由来してるのかもしれないと思っていたが、今ネットで調べて見てみると19世紀のデンマークの戯曲で「人形の家」があった。フェミニズムのシンボル的な作品ということで、それなのかもとは思える内容だが、こういう曲をやろうという意図があって、タイトルとシチュエーションを持ってきたのだと思う。

多少長年の疑問は解消したが、そんなことは知らなくても、全く疑いを持たせない説得力があったし、その向こうに何か理解できない魅力を感じていた。
今思えば、絶望、崩壊していく喜び、人生初のデカダンな体験だったのかと思う。


それ以降、弘田三枝子に関しての記憶はないが、後から「ジャングル大帝」を歌っていたのを知って、納得した。
現実を一瞬にして吹き飛ばすかっこいい声。

弘田三枝子、永遠なれ。



たまには電信柱と
まだ白い点が残っている


蝶々は人懐っこい


やっぱり植えた植物は風前の灯
改造を計画中


カエルの受難、番外編


このカエルはこの2〜3日前から、この辺りで遊んでいたのだった


傘で捕獲され、記念撮影されて


命拾い


必死で逃げて、もう現れなくなった


ウォッカは味気ない水割りが好き








コメント

1.日本人なの?

って、小さい頃、思ってました。「人形の家」の歌の雰囲気もあって、不思議な感覚で見ていたのを思い出します。「バケーション」のほかにも「ジャングル大帝」も弘田さんが歌われてたんですね。YouTubeで見返してみました。懐かしかった。どうぞ安らかに。。。

MIHO 2020/08/02 15:28 

2.同世代なんだなぁ…

私達、同じ時代を生きてるんだなぁ…と不思議な気持ちでブログを読んでます(苦笑)

かんのん 2020/08/02 19:10 

3.R.I.P.

私も更に年下なので「人形の家」の頃は保育園児でした。でもこの歌と「ウワーオ、ワーオ、ワーオ」ってあのレオの歌は(そこだけ)よく覚えてます。

MTG 2020/08/02 23:25 

4.持って生まれた

弘田さんのパンチ力や表現力は、体の中から出てるものだから、真似できないですね。夜明けのスキャット、別れの朝,にしても架空の世界だからこそのロマンがあり、子供心にはおとぎ話のように聞こえて ました。タイガースなら『落ち葉の物語』。傘の上の ガマさんは石のふりをしてるのかも知れませんね😉

Granny Takes a Trip 2020/08/03 12:09